ジェルネイルや趣味などを綴ったブログです

こんなに更新しなかったのは


ご無沙汰しております💦

約2ヶ月弱でしょうか
こんなにブログを更新しなかったのは初めてです。
最近、プライベートの内容はFacebookに載せているので
ご存知の方も多いですが、7月7日の七夕に父が逝去しました。


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最初に血尿が出たのが2年近く前らしいです
かかりつけの町医者に相談したら
「今飲んでいる薬の副作用だから心配要らない」と言われたそうです。
血尿も出なくなったので安心してそのままに。


その約1年後、今度は尿が出なくなり
半年に1度通っている横浜市大に行ったときに泌尿器科を紹介されそのまま検査
結局は「尿管癌 ステージⅣ」
その癌の初期症状は血尿
そのまま放置していたので、癌の進行は進み
排出されるはずの血液が尿管に詰まり、尿自体が排出できなかったらしいです。
最初の町医者が誤診です・・・・。


癌は、腰のあたりの筋肉層深くまで転移しており、手術での癌摘出は不可能
ひとまず、尿の出をよくするために、腎臓と尿管の摘出手術を受けたのが今年の2月
他の病気の兼ね合いで、抗がん剤や放射線治療は不可能でした。
私が父の病気を知ったのはこの時。



父はとにかく、病気になったりケガしたりした時はもちろん、
痛い、辛い、を口に出す人ではなく、
何かあっても妻に向かって、私には言わなくていいから、という人だったんです。
心配かけさせたくなかったのだと思います。


2月の手術が終わり退院後は、普通の食事をしたり、スポーツジムに通ったり
お酒飲みに行ったりして、父らしく活動的な生活を送っていましたが、
5月の末頃に呼吸が息苦しくなり再度病院へ。
癌は肺に転移して、左肺に水が溜まっていました。


年を取ると、癌の進行は遅いと言われていましたが、
父の肺は、素人から見てもわかるほど、ものすごいスピードで癌細胞が増えていました
左肺だけではなく、右肺にまでどんどん水が増えて肺の形は殆ど見えなくなりました。
医師からも「いつ何があってもおかしくない状態」と言われましたが、
そう言っている医師も驚くほど、酸素吸入さえしていれば、父は元気だったし
癌特有の痛みもまったくないと言っていたし、顔色もよかったので
私も、年内は大丈夫だろうと・・・・。


容態が急変したのは、7月5日の深夜だったそうです。
家族に連絡が入ったのは7月6日の朝でした。
朝、出社するのに最寄り駅に居た時に継母から泣きながら電話がかかってきたので
慌ててタクシーで病院に行きました。


酸素を最大出力にしても、まだ苦しそうに体全体で呼吸している父がそこに居ました
私も父も「最期は苦しくなく、痛みもなく」を希望していたので、
ここで初めてモルヒネを投与する希望をだしました。
医師からは「量を調整しながら投与しますがそのまま最期を迎えると思います」と。
まだ意識がある父に「お薬入れる?」と聞くと、2回「うんうん」と頷いたので
医師に「お願いします」と私から言いました。


よく、こういう状態になると、医師や看護師たちが慌てて処置をしたり、
ものすごくバタバタと薬を用意したり、手術の準備したり・・・とありますが
あんなのはまったくドラマの中だけの話で、ゆっくりとした時間が病院の中で流れています。
モルヒネが来るまで1時間近く掛かり、何度も「まだですか?」とナースステーションに言いに行きました。
そんな中、食事の時間になり、うちのベッドに回ってきた看護師さんは
「今は食べれないかな~食事どうされます?」とか聞いてくる。
これが現状。
そして終わりが近くなる人は優先的に個室に移動。


肺に水が溜まる・・・・というのは、
水におぼれている状態らしいです。。。そんなの辛いです。。。
時々覚醒する父が苦しそうになると「薬増やしてください」と言いに行きました。
夜は親戚のおじさんやおばさん、私の従兄弟たちも来てくれて
父に話しかけると父は嬉しそうに手足で表現していました。


朝方の4時20分頃
脈がス―――っと落ちて、心拍も弱まって・・・・
ナースステーションにもそのデータが出たのでしょう、
看護師さんが二人やってきて、父の手を握り「〇〇さーん頑張ってー」と言ってくれました。
継母も大泣きしながら「ダメ―――!イヤだ―!」と。
継母の声が聞こえたんでしょう、一瞬持ちこたえたのだけど、
私は父の耳の近くで、泣きながらではありますが
「パパ、もういいよ・・・すごく頑張ったよね」と言ったとき全ての数字がゼロに。


苦しくなく、痛くなく最期を迎えることが出来たみたいでよかった。


亡くなってもしばらくは耳は聞こえているのだと看護師さんから聞きました。
なので耳元で声にならなかったけれどたくさんの感謝の気持ちを伝えました。



逝去から5日後
無事に親近者のみでの葬儀も執り行いました。
これからが大変です。。。。
国際結婚の大変さを身に染みています。


哀しい思いと同時に
どうしたらいいのだろう・・・・という気持ちが大きくなっています。
文化の違い、「察する・・・」は日本人特有の感覚なのだなと強く実感しました。。。
白か黒、イエスかノー そういうの苦手です。



正直疲れ果てています。



最後は愚痴になっちゃいましたが、
ネイルのお客様にも大変なご迷惑おかけしまして…
気にしなくていいよーとキャンセルや日時変更を対応してくださったことに
心から感謝しています。
私も早く日常の生活に戻れればいいのですが・・・・・。



そんな感じで
まだしばらくブログの更新はできないかもしれません。
ネイルの投稿も止まったままですが、ネイル画像はインスタに投稿し、
プライベートで生きている証と現実逃避っぷりはFacebookでご確認いただけます。



たくさんのやさしさありがとう。
ガンバリます。








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[ 2017/07/28 12:00 ] つぶやき・思ふこと | TB(-) | CM(-)